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常識の欠如

「常識」という言葉を、「世の中の大多数が持っている知識」と解釈している人が多いようですが、これは狭義のとらえです。

常識の中には、判断力や、当然実行力も含まれていますし、
「持っている」だけではなく、「持つべき」も含まれるものです。

世の中の人が一般的に持っているあるいは持つべき知識・判断力・行動力

と捉えることを、まず確認していただきたい。



さて、
今回私が感じた「常識の欠如」は、
「なぜ」と問うことについてです。

私は子どもに
「自分なりに考えていることはとても素晴らしいこと。だけど、独り言は心の中でしましょう。」
と授業の中で指導することがあります。

どのような場面かというと、一つの学習問題をクラス全員で考えている際、
1.「ああじゃないしこうじゃないし・・・」
2.「分かるよ!こうこうこうだよ!」
などと声に出してしゃべってしまう子がいるような場合です。

1にしても2にしても、どちらも(教育的には)歓迎すべき思考を子ども達がとっているわけですが、1のように声に出されると自分の考えをまとめるのを阻害しますし、2のように声を出されると一生懸命考えていた子のやる気をそいだり、何も考えなくていいやと思ってしまう子を作ってしまいます。

意見を出し合う場面では、ルールにのっとって話をしていきます。
形式的なものは、閉塞的なコミュニケーションスキルしか身につけられないので、個人的には少し冷たい見方をしていますが・・・、協調性および論理性を醸成する上では大切にしていかなくてはならない作業です。
先生たちがよくやらせるのは
「わたしは〜だと思います。なぜなら〜だからです。」
という話し方。悪くありません。理由を述べることが議論を深めていく手段だからです。
これがなくては、声の大きい人やクラスの中心的な存在の意見に流されることになります。
理由を付けて自分の意見を言っていると、発達段階に応じて、徐々にその理由の根拠が研ぎすまされていきます。(もちろん、説得力を付していく話し方にもなっていくかもしれませんね)


そう。大人でできていない人がいるんです。

まず冒頭に出した「なぜ」と問うことについて。
私が言いたいのは、提出された議題に対して反対意見をもてない大人がいる、ということではなく、主張にならない反対意見を口にする大人がいるということです。
つまり
「わたしは〜だと思います。なぜなら〜だからです。」
という小学生低学年でもやっている意見の述べ方ができない人や、理由となる部分が到底論理に及ばない感覚的なものである人がいるのです。

一例をあげます。

先日、とある会合で一つの主題を提案した際、手をあげた大人が主題の一部の言葉を指してこういいました。
「なぜ、この言葉なんですか。そぐわないので、もう少し考えたほうがいいと思います。」
と意見されました。
何にそぐわないのか、そしてどう変えたいのか??
・・・私は、その言葉をあてた理由を説明した上で、
「例えば、どう直されますか?」
とかえしたところ、
「いや、これというのはなくて、私の直感なんですけどね。」
とおっしゃりました。


一つの議題について、個人の感覚を話されても、どうしてあげることもできません。
繰り返しますが、「なぜ」と問うことそのものは、大切です。
ですが、議論の場で自分の考えをまとめもせずに「(感覚的ですが)なぜ?」と口にすることは、議論を深めることにもなりません。
それゆえ根拠をもって話してきた人たちをおきざりにして、また時として声の大きい人にやむなく従う人や、権威に弱い人にもたすけられ、議論がだいなしにされてしまいます。

議論にならない(議論をこわす)意見は、社会一般がもつべき思考表現力にいたりません。
したがって、適切な論拠を持たずして感情的に議論(立論)する人は常識はずれであると言えます。
hybris | Sour | 11:42 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
Comment
自分で書いていて、しっくりきませんね。
「なぜ?」と問うことじゃなくて、自分の意見もかためずにだらだらとおもらしする輩にあきれているというのが直球なコメントです。
理由が知りたくて「なぜ?」と問うことは別に悪くないし、あるべきだから。

posted by とも ,2009/03/16 12:42 AM

個人的には「経験に裏打ちされた直感」というもの全てを否定しようとは思いませんけど、表現にあたっては別のスキルが必要になるわけで、そのあたりの訓練が足りない人っていうのは多いでしょうね。(と、我が身を戒める・・・)

知識は持っているだけではスキルにならず、経験を伴ってはじめてスキルになる。

議論も当然に経験がものをいうということですね。
若手プロが懐かしい・・・。

posted by sa-ya ,2009/04/03 9:39 PM

経験に裏打ちされた直感

もしそれを、議論する場で口にするのであれば、それが唯一認められるのは、その人物に「直感で判断するに十分な経験がある」と周囲の信頼が得られている場合のみです。

その道50年とか、十分な実績があるとか・・・。

スキルうんぬんではなく、議論する場において、共有を前提としない発言をしようとしてしまっている時点で大人として間違っているんです。

例えば、「う〜ん、なんて言ったらいいんだろう。ちがうんだけど、ええっとええっと」って人ならば、なんとか人に言葉で説明しようとしていますよね。それはまあOKでしょ?
もちろん、周りがみんな初対面とか、ちゃんとクライアントがいる前でのきちんとした会合ではだめですよ。
ある程度お互いに知り合っている仲間うちでの議論であれば、そんな人の言葉をなんとか引き出そうとしたり、汲み取ろうとしたりするかもしれません。(これも当然、その人の言語になっていない部分に価値があると周囲が認めているからです)

そうでなくて、ろくに知り合っていない相手との議論の場とか、実際に相手が見えないネット上の議論の場とかだとしたら、
個人的感覚的意見を求めてもいないのに、「わたしの直感がそういっている」
みたいなこと発言している人がいたら
「は?」
とか
「だだっこ?」
って思うわけです。


若手プロは、ある種、ブレインストーミングのような場でしたから、さほど議論はできませんでしたね。
アラカルトというか・・・お互いの仕事への信頼感はありましたけど^^;

posted by とも ,2009/04/04 11:50 AM

議論はレベルを高めるためのものであって、だだっこの主張を聞くための場じゃないし、それがわかってないなら来るんじゃねーし、したり顔で意見すんじゃねーよ、というのは確かにその通りですね。(え?そこまで言ってない?^^;)

でも・・・残念ながら多いでしょ?
そういう人って・・・・(-_-;

なにか意見を求められたり、テーマのあるプロジェクトの場では、「ん?どうもしっくりこないぞ?」と思う部分があれば、それはなぜだ?と考えて、次に埋まらないピースを探すべく質問項目を考えていくっていう手順を踏むのが私は多いかな。(普通はどうなんだろう?)

でも、最初の「しっくりこない」は、(乏しくても)やっぱり生きてきた上で培った経験上のカンみたいなものだと思うので、それ自体はきちんと晴らすべく頑張るけど、単に自分の知識不足だったりすると他の人に迷惑になるから、見極めが難しい・・・。

ブレインストーミング・・・確かにそうだったかも・・・。
最初からそれぞれの領域がはっきりしてましたしね。

posted by sa-ya ,2009/04/05 5:18 AM










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